鈴木亜久里代表「レースのできないF1には戻らない」
「F1にイエローはいらない」
1986年、かつて、FIA会長だったジャン・マリー・バレストルが
かつて、本田技研F1総監督だった桜井淑敏に向けて当時言い放った言葉である。
この頃と本質的にF1は変わっていないのだ、と思う。
ドライバーもシートを手に入れるのにお金がいる。
成績が悪ければ即クビ。
すくなくとも1年はシートの保証があったのは1990年代の最初の数年
ぐらいまでだったのではないか。
あのころから資本の弱いティームは多数あった。
ティレル、ユーロブルン、コローニ、ラルース、アンドレアモーダ、スクーデリア・イタリア、
日本企業がオーナーのレイトンハウス、フットワーク、
そして資金が豊富な割に勝てなかったリジェ。
ロータス、ブラバムが斜陽を迎え、HONDAが席巻していた時代、
思いあまって出た発言・・・と善意的に解釈しておきたいが、
この頃からすでにジャパンバッシングは始まっていた。
20年近くたって、資金難という形で撤退を余儀なくされたのは、
少なくとも、ヨーロッパのモーターレーシング関係者の中にある
ジャパンバッシングが牙を出し、スーパーアグリに襲いかかった結果だと信じている。
かつてテディ・メイヤーがプレスに向かって
"politics,politics,POLITICS!"
と言い放ったのは、今後のF1の将来がどういうものになっていくのか、
はっきりとわかっていたのではないか、と思う。
アイルトン・セナが死んでF1は自らの政治的な駆け引きでさらに自らの首を絞めていった。
もう、これ以上絞める必要がないくらいまでにきてしまっている。
閉塞感を感じ、政治的な駆け引きしか目につかなくなった1996年に
いがぴょんはF1を定点観測することをやめてしまった。
佐藤琢磨がもう一回、見ようかな、と思わせる要因にはなったが、
それっきり。
今参加しているチームの中でこのままでよい、と
感じているチームはいくつあるのだろう?
フェラーリもマクラーレンも叩かれた。
ここぞとないばかりにこっぴどく叩かれた。
この次のエスケープゴートはどこ?みたいなすごく嫌な
恐怖がF1を仕切っているように見えてしまうのは
この先、F1を見たい、レーサーになってみたい
と思わせる夢を子供たちから奪い取ってしまっているようにも見える。
健全になるには時間がかかる。
もし、誰の目から見ても健全になった、と思えるようになったら、
いがぴょんはまたレースを見たいな、って思う。
いつか、必ず、その日がくることを願って。
ここであえて問いたい。
問:「F1は誰のものなんだ?」
この答えを、ホンダF1チームのニック・フライ最高経営責任者(CEO)
に答えていただきたいと思います。
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